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2008年10月23日 (木)

じーじの自家製ハーブ園

カテゴリが「お世話になった方々」だが、現在もお世話になってる方である。念のため。

今回は嫁さんのお父さん、原田岩夫さん(74)だ。僕らは「沼津のじーじ」と呼んでいる。

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じーじには言葉では言い尽くせないほど、本当にお世話になっている。もちろん、沼津のばーばにもだ。沼津なので御殿場からもほど近く、仕入れも兼ねて一週間に一回は顔を出す。その度にご飯を御馳走になったり、一緒に温泉に行ったり、泊まらせてもらうことも度々なので、別名「原田旅館」とこっそり呼んだりしている。どーもすみません。

私事で恐縮だが、僕らは良い年こいて32歳の時に「出来ちゃった結婚」をして現在に至る。出来ちゃったとわかったのが、アメリカ横断初日の時だった。日本から持ってきた妊娠検査にはっきりと棒線が出てしまった。ちなみに自分がやってみると横線?が出た。さすがに二人して青くなったが、やめるにやめれないので、順子はそのまま2週間もの間、つわりに苦しみながらサンフランシスコからフロリダのキーウェストまでの7000キロを車で走破した。

旅の途中、日本の順子の実家に電話をしたのだが、まさか妊娠してるとはとても言えず、しかもアメリカ横断に順子を巻き込んでいる事へもちゃんと了解をとってなかったので、お義母さんにはこっぴどく怒られた。そりゃそーだ。日本へ帰ったらちゃんと話をしに行くと約束をして電話を切った。その時はじーじは電話に出なかったので、(やばい、めちゃめちゃ怒ってるんだろうな)と、勝手に想像しては背筋を凍らせていたが、実際にはお義母さんはじーじには何も言ってなかったらしい。順子の家は女子家系で、彼女の上に二人のお姉さん達とお義母さん、そしてお祖母さんだったので、じーじはどうも「かやの外」だったらしい。日本へ帰ってから順子の家に挨拶に伺った時も、順子が妊娠してる事を知らず、「え?妊娠してるのか」って感じだった。見ず知らずの男に娘を勝手に妊娠させられて、自分だったら「このやロー!」と胸ぐらつかんで投げ飛ばすとこだが、じーじは原田家に新しく男性陣が増えるのを内心喜んでいるような感じだった。もしこのじーじが居なかったら、今ほど原田家と仲良く付き合えただろうか、と思えるほど自分はじーじが好きだ。ある意味自分の親以上に大事な存在である。

今現在自分には二人の娘がいる。月並みだがめちゃくちゃ可愛い。しかし将来この子たちがどんな男を連れてくるのかが心底恐怖である。自分たちが好き勝手に結婚したので、子供達も将来そうなって親を泣かせることは必至だろう。これを「輪廻」というほかない。

順子の家は古いけど、清潔で格式がある。表千家のお茶教室もやってることもあり、母屋にはお茶室があって、お祖母さんがこの辺りでは有名なお茶の先生だった。お弟子さんには沼津の老舗バー「ビクトリー」のオーナーもいて、お祖母さんが亡くなった後、その方達が後を引き継いでおられる。庭には植木がなっており、その世話をじーじが担当していた。じーじは元々材木屋ということもあり、その道のプロフェッショナルだ。手先が器用で、建具やら、ちょっとした小物までなんなく作ってしまう。包丁砥ぎも上手なので店で使う包丁も砥いでもらった事もある。毎年竹細工で作る干支の動物も玄人はだしだ。自分にもじーじの100分の1位の器用さがあれば良いのに、といつも思う。

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そんなじーじにお願いしたのが「自家製ハーブ園」だった。ウチの店では頻繁にフレッシュハーブを使うが、自宅のプランターでは大きく育たないし、量も少ない。買ってくるにしてもなかなか手に入らない時もあるし、値段も高い。じーじの庭のすみっこでも良いからと、ミントとイタリアンパセリ、バジル、セルフィーユを植えさせてもらった。最初じーじは「そんなもん食べれるのかね?」と半信半疑。バジルをかじってみては「ウエ~!まじい!」と騒ぐ始末。そんなじーじをなだめては「お願いします」と丸投げしてしまった。

最初はしょうがね~な~という感じで育ててくれていたじーじだったが、あれよあれよと言う間にハーブ作りに没頭し、ナント、何十年も精魂こめてきた家の庭木も切ってしまい、根っこも取り除き、そのほとんどを家庭菜園にしてしまったのだ。今年は新たにクレソンの自家栽培に着手し、夏場の水やりに苦労しながらも、見事根付かせ、口にすると大変柔らかい食感だ。その青々として一抹の爽やかな辛さが程良く、かき揚げにすると脱帽。近所のステーキハウスまでもが貰いにくる始末だ。オイオイ、一回で良いからじーじとばーばにステーキご馳走してあげろよな、春樹さん。

去年に収穫したルッコラの種も大事に取っておいて、今年の春からプランターで芽を出させ、畑に植え替えた。おかげで現在もバジルとルッコラとクレソンがわんさか育っている。買ってくれば確かに楽だが、苦労しながら種をとり、植えて、育ててみると、もの言わぬ野菜とはいえ、命が真直に感じられ、収穫する時も「ありがとう、取らせてもらうよ」といちいち言わないと気が済まなくなってきた。よくベジタリアンが自分の好き嫌いを棚上げして「動物を殺して食べるのは野蛮、野菜を食べなさい」とうるさい事を言うが、野菜から言わせると「俺たちだって命があるんだ、痛いんだ!」となるはずだ。人間は業の深い生き物なんです、ハイ。

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ウチで使い切れない位の量がとれる時期があるので、じーじに「沼津はイタリアンが多いんだからバジルやルッコラやイタパセ安く売りましょうよ」といやらしくもちかけるのだが、じーじとばーばは揃って首を縦にふらない。無欲なんだか、心が綺麗なのか、「熱々の友達に分けてあげな」と、せっせと野菜を収穫する。お茶のお稽古にきた方たちにも快く持って帰ってもらってる。皆が口をそろえて「おいしかった」と笑顔で言ってもらえるのが一番の喜びらしい。

そんなじーじとばーばに僕たちは子供をダシに甘えっぱなしで、自分の親共々「親孝行」を未だしたことがない。最低でも生活の心配をかけないようにすれば良いのだが、それもまだまだだ。順子が「親孝行できなくてごめんね」とばーばに以前謝ったが、その時ばーばは「あんたたち子供が無事に生まれてきてくれた。そして小さいころにうんと親を慕ってくれた。それが一番の親孝行になったんだよ」と、涙がでるような事を言ってくれたらしい。

僕らが結婚したときから比べるとお互いの親は随分年をとった。自分の母親はつい最近入院してたし、以前は孫よりやんちゃだったじーじも一冬毎に体が弱っていくみたいで、冬が来るのが嫌だ。昨日も一緒に日本平動物園に行った帰り、二歳のメイを抱えて「メイが二十歳になるまで生きていたいな~」とポッツリともらした。

自分が太郎くらいだった頃を思い出す。父親が大きくてまぶしかった。母親は優しかった。

今自分たちは子供の目にどう映っているのだろう?

そして自分たちもいずれは老いて孫たちに会えるのを楽しみに待つのだろうか?

じーじの自家製ハーブ園はどうなっていくんだろう?

答えは自分の中にあるんだ、きっと。

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