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2009年3月

2009年3月30日 (月)

保育園 卒業の春

先日、長女の保育園の卒園式があった。

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最後の保育園までの道のりを歩く。

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式はいつになくおごそかに始まった。

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親と子が向き合って座る、という心ニクイ演出だ。やばい、俺が座ったらチョ~泣いちまうじゃんか… 壁に貼ってある園児の全身の絵は、各卒園児の実寸大なんだそうだ。ク~(´;ω;`)ウウ・・・

去年の卒園式に出席した人から「絶対泣くね」と言われていたので、あらかじめその前に映画「おくりびと」を観にいって、隣に人がいるのにもかかわらず久々に嗚咽をもらして泣いておいたので今日は大丈夫だろうと思っていたのだが…

式が始まり、娘の修了証書授与の際から、園長先生のお話の時、そして他のお母さんの泣き顔に誘われ、移動や退職される先生方の紹介の時、園児の歌の時、先生の歌の時と、計5~6回くらいは涙を流しながらビデオカメラを回していた。「おくりびと」効果全くなし!

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先生と最後のお別れの時。2年間担当してくれた先生だけに、思い入れは相当だったろう・・・ ありがとうございました。

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あらためて、保育園や幼稚園は子供にとって、親にとって無くてはならないものだと思う。長女は3才から保育園に通いだした。本当はもっと手元に置いておきたかったが、仕事や子育てからそういう訳にもいかず、自分の親からも「早く保育園にいかせた方が親離れするし、子供の為にも良い」と散々聞かされていたので嫌々入園させたふしがあった。初めての入園式のとき、娘は不安から泣いた。その顔を見て、自分が初めて保育園に行って、1日中泣いていた事を思い出し、即行連れて帰りたくなった。

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その後、娘はなんなく保育園に溶け込み、友達も出来て、元気に通うようになった。一つ下の太郎も一緒に保育園に入れたのも良かったと思う。初めての「社会」に子供達は飛び込み、親以外の大人に教わり、友人とのコミュニケーションで鍛えられ 、ずいぶんとたくましくなった。その分、自分たちは楽にもなったが、寂しさも味わった。そして自分たちも親歴6年を迎えたのだ。一緒に成長したんだ。

自分の事を振り返ると、小さい頃の記憶はどういう訳かあの時の保育園で大泣きしてた時から突然始まっている。雨がザーザー降っていた。親に半ば捨てられるように保育園に置いてかれた自分はこの世の終わり、とばかりにギャーギャー泣いていた。先生たちはそんな自分を廊下に放っておいた。しばらく経って、泣くことに自分は疲れた。泣いても仕方がない、と感じたんだろうと思う。そして立ち上がって自分から教室に入っていった。先生がいて、ギュッと自分を抱きしめてくれた。

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今はあの当時、親がどういう気持ちで自分を保育園に預けたのか分かるし、その後自分が保育園ライフを十分満喫した事を考えると、あの時の親の選択は間違ってなかったんだと思う。初めて娘を保育園に連れていった時、年配の先生が自分が保育園だった時の先生だったらしく、自分を覚えていたのには心底驚いた。恥ずかしながら自分はすっかり忘れていた。そこまで愛情や情熱をこめて子供たちを見てくれているんだよ。

ちょうど一年前に園長先生や、保護者会の方から「理事をやってくれないか」とのお願いをされ、自分は「俺になんか出来っこないョ、仕事もあるし、立派な親じゃねーし」と内心不安な気持ちで引き受けたのだが、先輩の理事さん方からのサポートを受け、楽しく理事の仕事を送る事ができた。意外に他の会の仕事よりよっぽどやりがいと楽しみがあった。会長さん始め、三役の理事さん達には公私共々お世話になりました。ありがとうございました。また、他の理事さんたちや、その旦那さんがたにも色々手伝ってもらって頂きありがとうございました。

子供がお世話になったお礼というわけでもないけれど、来年は保護者会会長としてもっと頑張らないといけないな、と思う。

家に戻ったクウには素敵なプレゼントが用意されていた。待ちに待ったランドセルだ。

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親子共々、迷いに迷って選び抜いたブルーのランドセルだ。

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見た目まだブカブカのランドセル。これから6年間お世話になるんだなぁ…(´Д⊂グスン

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太郎が大いに羨ましがったので太郎にもランドセルを背負わせたら、太郎の方がサイズ的にぴったりだったのには笑えたhappy01

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2009年3月24日 (火)

コンビ解消 ふたたび

前回のブログで落ち込んでいると書いたら、何気に多くの友人が心配してくれてたらしい。まぁ、その多くは「40近くにもなって、何裏切られてんだよ、ば~か」だったんだけど…

その中の一人、東京の藤代は特に心配?してくれたらしく、もう一人の懐かしい友人を伴って御殿場に来てくれた。

キャイ~ンの天野である。

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彼らは大学の頃から「コンビ解消」、というコンビを組んで漫才をやっていたのだが、藤代の留年にともない、文字通り「コンビ解消」してしまった。その後天野は同じ事務所のウド鈴木と出会い、コンビを組んで現在に至るのだが。「キャイ~ン」という名前にしたいきさつは、大学卒業の頃、藤代と天野が何かにつけて「キャイ~ン、キャイ~ン!!」と唸っていたからなのだが、自分が東京に引っ越すときの軽トラの中で天野と藤代は「キャイ~ンの五段活用」という法則を打ち立てた。

①悲しい時のキャイ~ン→「キャイ~ン…

②嬉しい時のキャイ~ン→「キャッイ~ン!」

③怒った時のキャイ~ン→「ム・・キャイ~ン!」

④人に道を尋ねられた時のキャイ~ン→「え~と・・キャッイ~ン!」

⑤歯を磨いた後の清々しいキャイ~ン→「シャコシャコシャコ…ペッ。 キャッツィ~ン!!!」

要はただの「キャイ~ン」なんだけど。当時、あまりにも「キャイ~ン、キャイ~ン」ばかり言っているので「もうお前らコンビ名キャイ~ンにしろよ」と冗談を言ってたら本当にそのまま「キャイ~ン」になってしまった。

自分は映画監督になる、という大それた夢を抱いて上京して、3年後に夢破れて山河ありの状態になったのだが、天野は持ち前の要領の良さと人脈でどんどん出世していった。去年あたりには自分を出し抜いて映画を撮ったし(しかも公開日は俺の誕生日だったし(-_-X))、最近では銀行に「これ以上資産をなにか活用しないと」と言われ、オフィス何とかという、うさん臭い節税会社を設立してウハウハ状態らしい。うらやましい~の~。まぁTVの世界で生きているのだから当たり前のことか。

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今ではすっかり道が分かれた3人だが、16年の歳月を経ても、会えばまた昔に戻れる。奥のサムは飛び入り参加だが…

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売れてから急激に太った天野だが、この間TVで見たら痩せていた。実際に会うとそうでもなかったが、しきりに「俺は12キロ痩せた!」と言い放っていた。大丈夫。俺もお前もデブ仲間♡ ミーハーな嫁さんは天野と一緒に写真を撮って超嬉しそう。そんなに天野を甘やかすな!

Dscf3425次にサムと一緒に写真をとったら嫁さんのテンション下がりすぎ!ただしサムも芸人に見えるといえば見えるのだが…。

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リッチで有名人の天野に何故かマックのコーヒー無料券を進呈するサム。天野も困っていたぞ。

天野「俺これ持ってマックに行く勇気無ぇ~」 サム「行っとけ行っとけ!」

今回、天野も有名人なりに色々な悩みというか気疲れがあるという事を知った。どんなに立場が変わっても人は悩みと付き合っていくもんなんだ。この後天野から長女のクウへの卒園のお祝いの言葉を撮影させてもらった。翌朝クウは「バナナの王様の人だ!」と喜んだ。

朝方まで花の舞いで語り合い、疲れはてた。すっかり有名人になった天野だが、自分にとってはいつまでも四畳半一間のアパート仲間のつもりでいるものだから、遠慮なくいろいろ言わせてもらったように思う。御殿場に帰ってからは全然連絡もしなかった自分なのに、天野は自分の車で慣れない中央高速を飛ばしてわざわざ会いに来てくれた。俺の料理を楽しんでくれた。

ありがとう。藤代と天野、そしてサム。今度来る時は東名で来なさい。

いつか天野に金正日の役をやってもらいたい。みんなもっと弾けようぜ!

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2009年3月17日 (火)

ゆるやかな川のながれのように

じーじの家に行った。

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こども達は我先にと、じーじに抱きつく。

温泉にでも行きたかったが、その夜も仕事があり、あまり時間がなくて三島のかっぱ寿司と柿田川公園にでも行ってお茶を濁すつもりで出かけた。

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駐車場に車を停め、川までの遊歩道を歩く。周りは木で覆われ、どことなくスピリチュアルな雰囲気は以前行った沖縄の斎場御嶽(せいふぁーうたき)を思い出した。

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そうなんだ。ここは三島の水源地となっているばかりか、神聖な場所でもあるのだ。

やがて柿田川が姿をあらわした。

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何百年とその姿を変えずに、とうとうと流れているかのようだ。昔はどこの川もこんな感じだったんだろう。川むかいでは投網の漁師船らしきものもあって、心なごませる。

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061  富士山もこの場所から良く見えた。

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朽ちかけた大木があった。この木はやがて水に溶け、土に還り、他の植物の糧となるのだ。自然の回帰である。これをナースボーグと言うらしい。看護の木、という意味だそうだ。

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この家族が自分にとってのナースボーグ、癒しと創造の源である。

湧水の井戸に着いた。

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澄み切った水色の、ガラス瓶の底のような景色に一瞬怖れを感じた。

広場の方に神社があった。貴船神社という名だ。京都から分祀したようだ。そこに水の五訓という立て札が立っていた。

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何気なく見ていたのだが、だんだん五訓の意味がわかってきて、しばらく考えさせられてしまった。“水”は自分の事なんだ、と気づいた。

自ら活動して他を動かすのは 自分。

障害があれど更にその勢いを倍加するのは 自分。

常に己の道を求めてやまざるは 自分。

自ら潔くして他の汚濁を洗い流し、清濁併せ容るは自分。

いかに形を変えようとも、その性を失わざるは 自分。

最近、信頼していた人間に裏切られ、二週間ほど落ち込んでいた。眠りにつけず、怒りが体中を駆けめぐっていた。その人間を完全否定して、殴りこみにいくか、二度と会う事はないだろうと考えていた。まだ自分の中で完全に収まったとはいえないが、この五訓を読んでいる内に、自分の中の氷の部分が少し溶けていくような気がした。

いつの日か、今回の事を「水に流す」ことができたらどんなに良いだろう。それでこそ日本人じゃないか?

このゆるやかな川のながれのように、自分もたおやかに大きくありたい、と思う。そのことを教えてくれた柿田川公園に感謝したい。

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2009年3月 6日 (金)

春雪

雛まつりの火曜日、どっか~んと大雪が降った。

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やったぜ!ようやくスタッドレスに変えた甲斐があったじゃないか!ヽ(´▽`)/

さっそく子供たちをつれて近くの公園へ。

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子供たちは雪だるまやかまくらを作りたがったが、なんせ粉雪、握っても手の間からサラサラとこぼれ落ちてしまう。

自然に雪合戦になった。

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太郎はしつこい。ぅぉぉぉーヽ(゚ω゚ )ノヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノぅぉぉぉーヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノ ぅぉぉぉー

駅前の通りもご覧の有様。開店休業だわこりゃ。

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しかしながら夜半過ぎに雪は雨に変わり、次の日にはほとんど解けて無くなってしまった。

春の雪なんである。

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2009年3月 5日 (木)

フィッシャーマンズ・クラムチャウダー

サンフランシスコのフィッシャーマンズワーフでは、クラムチャウダー屋さんが並んでおり、小さなカップで味見をさせてくれます。どこの店も違った味わいがあり、びっくりするほどおいしい店や、ちょっと塩気が強すぎ…の店もあり、試食で食べ歩きするのも面白いものでした。桟橋からはアシカが顔をのぞかせてくれたりしてちょっとビビります。

そんな自由で気ままなフィッシャーマンズワーフやイギリスのコーンウオール地方を思い浮かべながら、1月後半から3月末までの、期間限定でつくるクラムチャウダーです。

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                                 Fisherman's Clam Chowder Bowl      980yen

旬のハマグリとあさりをベーコンと香味野菜で炒め、貝のだし汁と牛乳でコトコト煮込んだものです。一緒に煮込んだじゃがいもから自然にとろみがつくので小麦粉は使ってません。仕上げにバターと生クリームを足してリッチな味わいに仕上げます。

このクラムチャウダーを入れるパンは「ベックファン」で特別に作ってもらってるものです。ライ麦でつくる少し酸味のあるパンがコクのあるチャウダーと不思議に良く合います。

ベックファンは昔から地元でやってるパン屋さん。よくお世話になってます。友人のフランス人がここのベックファンさんのフランスパンが大好きでした。がっしりとした作りで、次の日にはあっという間に固くなってしまうほどですが、噛んでおいしいフランスパンだと思います。ワインやチーズとも相性が良いです。今度「美味しいパンを求めて」で紹介する予定です。

御殿場特有のどんよりとして、重くて冷たい今の季節に、体をほっこりと温めてもらいたい…そんな気持ちで毎日作ってます。

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