ゆるやかな川のながれのように
じーじの家に行った。
こども達は我先にと、じーじに抱きつく。
温泉にでも行きたかったが、その夜も仕事があり、あまり時間がなくて三島のかっぱ寿司と柿田川公園にでも行ってお茶を濁すつもりで出かけた。
駐車場に車を停め、川までの遊歩道を歩く。周りは木で覆われ、どことなくスピリチュアルな雰囲気は以前行った沖縄の斎場御嶽(せいふぁーうたき)を思い出した。
そうなんだ。ここは三島の水源地となっているばかりか、神聖な場所でもあるのだ。
やがて柿田川が姿をあらわした。
何百年とその姿を変えずに、とうとうと流れているかのようだ。昔はどこの川もこんな感じだったんだろう。川むかいでは投網の漁師船らしきものもあって、心なごませる。
朽ちかけた大木があった。この木はやがて水に溶け、土に還り、他の植物の糧となるのだ。自然の回帰である。これをナースボーグと言うらしい。看護の木、という意味だそうだ。
この家族が自分にとってのナースボーグ、癒しと創造の源である。
湧水の井戸に着いた。
澄み切った水色の、ガラス瓶の底のような景色に一瞬怖れを感じた。
広場の方に神社があった。貴船神社という名だ。京都から分祀したようだ。そこに水の五訓という立て札が立っていた。
何気なく見ていたのだが、だんだん五訓の意味がわかってきて、しばらく考えさせられてしまった。“水”は自分の事なんだ、と気づいた。
自ら活動して他を動かすのは 自分。
障害があれど更にその勢いを倍加するのは 自分。
常に己の道を求めてやまざるは 自分。
自ら潔くして他の汚濁を洗い流し、清濁併せ容るは自分。
いかに形を変えようとも、その性を失わざるは 自分。
最近、信頼していた人間に裏切られ、二週間ほど落ち込んでいた。眠りにつけず、怒りが体中を駆けめぐっていた。その人間を完全否定して、殴りこみにいくか、二度と会う事はないだろうと考えていた。まだ自分の中で完全に収まったとはいえないが、この五訓を読んでいる内に、自分の中の氷の部分が少し溶けていくような気がした。
いつの日か、今回の事を「水に流す」ことができたらどんなに良いだろう。それでこそ日本人じゃないか?
このゆるやかな川のながれのように、自分もたおやかに大きくありたい、と思う。そのことを教えてくれた柿田川公園に感謝したい。
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