ゴールデン商店街② 月夜のパン

恋人のイサムを追って長野からやってきた私を、この街は優しく受け容れてくれた。
そればかりか、商店街の空き店舗を利用したチャレンジ制度を勧めてくれて、 月3万円、という破格の家賃でお店を一軒 任してくれる事になった。
そのお店は昔、老夫婦が経営していた 小さな和菓子店だった。
ショーケースやオーブンが埃にまみれているのを見たとき、私は、 「よし、ここでパン屋をやろう」 と なぜか簡単に決めてしまった。
それから半年。お店はなんというか、まぁ、閑古鳥が鳴いている。

お客さんと言えば向かいの山猫軒の女将さんとか、商店街のお付き合い仲間ばかり。
何故だろう?やっぱりこんな寂れた商店街じゃお客さんが来ないのかな?
「バーカ。お前の作るパンが美味しくないからだよ」
イサムは私の苦労も知らずにそう言う。
「ここは都会じゃないんだから、お前が求めてるようなオーガニックだの、天然酵 母だの、固いパンだのなんて興味がないんだっつーの」
>う・る・さ・い なぁ~。分かってるって。👊
確かに隣町のベーカリーカフェを思いっきり意識してる事は確か。
私自身、長野の石窯パンで修行してきたし。2ヶ月くらいだけどさ。 アレルギー体質だから、身体に良い物を、って思うのは当然じゃない?
でも、いくら私がそう反論した所で お客さんが来てくれる訳じゃないし、 いくら安いとはいえ、毎月の家賃の支払いがある。 なんとかしなきゃ!
そんなある日のこと。
店の倉庫を片付けていた時、奥の棚から一冊の古いノートを見つけた。
それは和菓子のレシピノートだった。
最初のページに「餡」の項目がある。 先代のご主人が残してくれた魔法のレシピ。
うーむ、有難く頂いちゃいましょう‼️
次の日、イサムからお金を借りて隣町の材料屋さんに行き、北海道産の小豆と白砂 糖と赤えんどう豆をどっさり買い込んだ。
私のアイデアは和菓子とパンのコラボレーション。
まぁ、要は「あんぱん」なのだ。
でもでも、自家製の餡と天然酵母のパンで作るあんぱんって美味しそうじゃない? しかも赤えんどう豆もパン生地に練りこんで、豆大福のようにちょっと塩っ気があ るあんぱん。 さっそく、自家製餡に挑戦だ!
どれどれ。小豆は水に漬けない。え?漬けないの?
傷のついた豆は外す。 う、それってめんどくさ!
びっくり水。 なになに、素麺みたいじゃん!
砂糖は豆が煮え上がってから、一番最後。 えー!砂糖入れて煮るんじゃないんだ!
塩を一掴み。ウンウン、これはなんとなく分かる。
昼過ぎから仕込みを始めて、豆の煮方が中途半端だったり、煮過ぎたり、焦げ付かせたりと、何度となくやっている内に、気がついたらもう夕方だ。
パン生地もやらなくては。今夜は徹夜かな?
さっきイサムが帰ってきて店を覗いていたけど、呆れた表情でアパートへ帰ってしまった。

あちこちでシャッターの閉まる音がする。ここの商店街は閉まるのが早い。
パンを膨らましている間、ちょっと外に出てみる。
なんかやけに明るい、ナ、と思ったら、 今日は満月だったんだ。
月の光が店のシャッターに照り返され、通りを青白く染めている。

そのほとんど閉まった通りの中で、二、三のお店が頼りなげに灯を灯している。
酔っ払い達が肩を組み、千鳥足で歩いていく、その脇を子猫がサッと横切っていく。

今は珍しい丸い郵便ポストが街灯の微かな光の下でボーッと佇んでいる。
寂しくて、切ない風景だけど、私はこの街が好きだ。

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