15年前の午後七時_。
お客で満杯のロンドンのパブで、人ごみをかき分けてつたない英語でビールを注文した。
カウンターにはいかつい坊主頭のバーマンがいて、汚い恰好をした背の低い日本人が必死に唾を撒き散らしながら札を振り回しているのををチラリ、と黙殺し、その後ろの客の注文を取っていく。何人目かの後、その日本人にとっては永遠とも思える長い時間の後で、その海坊主はようやくこちらに目を向けてくれた。すかさずカウンターにずらりと並ぶハンドポンプの中から適当に指差し、「あ、ぱいんと、ぷりいず
」と哀願する。
海坊主は自信たっぷりに「よっこらせ」とその重たそうなハンドポンプを引いて、地下の(多分)ビアセラーからビールをグラスになみなみと汲み上げた。パイントでわずか400円位だったろうか。ビールを手にするとようやくパブの住人として認められたような気がして、少し誇らしげに、実際には挙動不審にカウンターを後にした。
日本人にはちょっと高すぎる肘掛けにひじをかけながら、立ったまんまで初めての英国のビールを味わう。そして叫んだ。
「ぬる(温)っつ!Σ( ̄ロ ̄lll)」

ウチで扱っている「よなよなリアルエール」は、そんな英国での思い出がすぐに甦ってきそうなビールだ。
エール、というからには普通のビールとは違って、上面発酵という、16~26℃の比較的温かい温度で発酵させる製造方法で作られたビールだ。発酵すると酵母がぶくぶくと麦汁の表面に浮かび上がってくるので上面発酵という。ちなみに日本でよく飲まれるラガータイプやピルスナータイプの発酵温度は5℃位。これの特徴は発酵を終えた酵母が下に落ちていくので下面発酵と呼ばれる。歴史的には上面発酵のエールが断然古い。エールはいわば伝統的なタイプのビールなのである。
原料は麦芽、ホップ、水、そしてイースト。16~26℃の温度で2~5日間発酵させたあと、地下の発酵槽に移し替え、10℃くらいで熟成させる。そうして出来たエールは酵母由来のバナナのような、花のようなフルーティで複雑なアロマと味わいが生まれる。通常はそうして出来たビールのおりなどを濾過、瓶詰し、二次発酵用の糖類を添加し、更に保存性を高める為にパストリゼーションと呼ばれる熱処理を施して出荷するのだが、そういった濾過も殺菌もしないのが「本物のエール=リアルエール」と現在呼ばれている。
このリアルエール、今までは現地英国のパブの敷居をまたがなければ飲めなかった。輸送すると振動で品質が変わり、濾過も殺菌もしないから保存期間が短い。すぐに腐ってしまうわけだ。本場英国でもその昔は醸造所のそばでしか飲めなかったそうだ。
日本のある醸造所が無謀にもこれに立ち向かった。彼らはミーティングの中で「どんなビールが一番おいしいか」を話し合った際に「醸造所で飲む出来たての、無濾過のビールが一番おいしい」となったそうだ。当時売り上げや評価が頭打ちになっていた頃で、その状況を打破するにはどうしたら良いかを真剣に考え、「ならば、そのいちばんおいしい状態のビールをお客さんにも味わってもらおう、その為にはリアルエールしかない」と決めたんだそうだ。
長野県 軽井沢にある「ヤッホー・ブルーイング」が日本のリアルエールの生みの親である。3年前の4月にこの醸造所を訪れた。リアルエールを導入する前に醸造所長から「ぜひ一度来て話をしたい」と言われたからである。御殿場から山梨を経由して清里、野辺山、そして軽井沢まで4時間の行程だった。大手なら営業がこちらに来て、後は酒屋に任せっきりで大丈夫だが、ここは違う。面倒くさい気もしたが、やはり実際に作っている所を見て、自分なりに納得して導入を考えたいとも思った。
中に入ると物静かな男が出迎えてくれた。ヤッホーブルーイング最高執行責任者(COO)、石井敏之氏だ。歳は自分より2~3才上といった感じか。自信に満ち溢れた態度でリアルエールについて語り始めた。
「よなよなリアルエール」の醸造方法は当醸造所の看板商品である缶ビールの「ヨナヨナエール」と途中までまったく同じなんだそうだ。ホップもアメリカ産の「カスケード・ホップ」を使っている。このホップは自分も好きで、ドライホップをアメリカから購入して現在「カスケード・エビス」のトッピングホップに使っている。
よなよなリアルエールの場合、一次発酵の後、小さなタンクに移し替え、酵母の状態を調整する。そして香りづけの為のホップと清澄剤のアイシングラス(チョウザメの浮き袋が原料=コラーゲン)を加える。アイシングラスがビールの中の細かい不純物を取り除いてくれる。だから濾過が必要ない訳だ。そして適度にビールの炭酸ガスを抜きながら熟成させ、樽に詰めて出荷となるんだそうだ。
こうして出来上がったよなよなリアルエールは濾過していないのにも関わらずとても澄んでいる。口にするとホップの香りが口に広がり、バランスの良い苦みと甘味がパンチのように効いてくる。微かな炭酸ガスは自然の恵みからであって、人工的に後から加えたものではない。ただの酵母入りビールだけでなく、「何も足さない、何も引かない」と言いたげな、作ったそのままの味わいのビールなのだ。その昔、英国で馬車を引いていた時代から作られていたであろう、伝統的なエールの味わいがそこにはある。
自分もけっこう熱意ほうだが、この人は半端ない熱意の人で、どうやってリアルエール導入に至ったから、醸造の苦労話、それから展開するにいたっての苦労話など、試飲も交えてその話は延々4時間に及んだ。軽井沢のホテルを予約してきたのだが、チェックインできねーんじゃないかとフト不安に思ったほどだった。
現「tutty cafe」のセリセリも一緒に行った。彼には無理についてきてもらった。話が長かったのでいくぶん辛かったと思う。すみませんでした。その夜は一緒のホテル
でも何もなかったから、奥さん。
醸造所を案内してもらう事に。まず原料から。
この麦芽がリアルエールの大元になる。かじってみたらほんのり甘い。そして香ばしい。まさに「麦のかほり」だ。石井さんはこれをつまみにエールを飲むという。これ以上の組み合わせは他にないだろう。うらやましい。
白衣に着替えて醸造所内へGo!
ビール好きが集まっているだけあって、主にアメリカのマイクロビールが棚に並んでいた。ヤッホーはアメリカのマイクロビールを目指しているのだろうか?
ふと気がつくと、醸造の機械がイギリスで見たエールの醸造所となにか雰囲気が違う。聞いてみると、元々この醸造所は下面発酵のビールの醸造所だったそうだ。それを苦労してエールが作れるようにしたんだそうだ。そういう所からも大手とは明らかに違う、家内工業的な雰囲気があった。決して悪い意味でなく、いろいろと苦心・工夫を重ねて作ってるんだと分かった。
熟成タンクの前で石井さんにポーズをとってもらう。
彼を見ていて自分とほぼ同世代の人間がアメリカのマイクロビールに大いに影響され、サラリーマンを辞めてまで醸造の仕事についた情熱が大いに理解できた。
自分も一時はアメリカに渡ってビールの勉強をしようと思っていたからだ。
彼の表情は明るかった。
好きなことをして飯を喰ってる男の顔がそこにあった。
その為にはどんな苦労も苦労とは思わないでやっていくんだろうな、と思った。
やっぱり好きなことをしないと男はいかんぜよ。
御殿場に帰ってから、よなよなリアルエールの導入に踏み切った。
それから3年がそろそろ経とうとしている。通常のビールより温度は温いし、炭酸のキレもないこのリアルエール、覚悟はしていたが、最初はなかなか地元に受けいられず何回もビールを自家消費していた。細心の注意を払って管理したあげく自分で飲んでりゃ世話ないのだが…
一時はもうやめようか、と何度も思った。
でも今までにもホワイトやギネスやバスやクリークなんかも最初はなかなか受けいられなかったのをここまでにしたんだから、という自負がある。
去年の冬頃から、静岡ではウチでしか飲めない、という情報を耳にしたビール好きのお客さんがそろって来てくれるようになった。
一番の売れ筋、というわけにはいかないけれども、こういったビールもあるんだと認識されるようになってきたのは嬉しい。
ヤッホーさんにはあまり稼がせられなくて申し訳ない、と思っている。いつも迷惑かけてごめんなさい。
自分も頑張ってこのビールを広めていかなくてはいけないんだけど、ヤッホーさんにももっと頑張ってもらいたいんだよな~。広告とか。
どうもビール好きの連中、しかもコアなファンの間だけでしかあまり知られてないような気がする。
いくらマイケルジャクソンに褒められたからと言っても、多くの日本人に認めてもらわなけらばいけないのじゃないか?アメリカ人に売るわけじゃないんだからさ。
ビールホースの総取り換えも俺達に任せっきりなのもどうかと思うし。
せっかく美味しいビールだから一部のファンだけで終わってしまうのはもったいないです。
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